せっかくなので本文コピペしておきます。

Parasitology: A Conceptual Approach

Parasitology: A Conceptual Approach

 寄生虫生態学を志す学生にとって「待望の教科書」と言ってよいだろう。本書の中心的テーマは寄生虫生態学および進化生物学である。全10章の構成は「イントロダクション」「生物多様性」「感染の生物学」「免疫」「病理(宿主の行動変化を含む)」「生態」「進化生物学」「保全生物学」「コントロール」「展望」となっている。現行の寄生虫学の教科書の多くは、多様な分類群の形態や生活史、生物学的特性の記載に多くのページを費やしている。寄生虫の生活史や生理の驚くべき多様性はそれだけでも興味深いとは言え、一般的な生態学的課題に関心のある人にとっては高い壁と感じられることも多いだろう。もちろん、生態学的観点からの寄生虫学本は今までにもあり、たとえば Poulin, R. (2007) Evolutionary Ecology of Parasites (Princeton University Press)は、徹底的に数値データを用い、群集構造やニッチ(寄生虫の場合は宿主特異性や寄生部位特異性として扱われる)などの生態学の基本的概念に寄生虫を載せた著書である。生態学から勉強を始めた人にとってはこのような本が取りつきやすいかもしれない。しかし、このようなアプローチは理解しやすい反面、自由生活者には見られない、寄生虫ならではの生理的特性や多様性をほとんどすべて切り捨ててしまっている。また、寄生に関する書籍は、広い分類群をカバーするために多数の著者による共著となることが少なくないが、著者ごとに専門性が違うため、 そのような本はえてして各章の視点や用語が一貫せず、 一冊を通読することが困難になる。医学・獣医寄生虫学に偏っている日本ではそれが特に顕著で、「寄生と共生」(石橋信義・名和行文編、東海大学出版会、2008)、「感染症生態学」(日本生態学会編、共立出版、2016)も、残念ながらその轍を踏んでしまっており、正直に言って読みづらい。
 本書は目次のとおり、各章は特定の生物学的概念について寄生虫の分類群とは関係なく記述され、一般読者が寄生虫学のテキストを読む上で大きな障害となる分類群ごとの解説は巻末にGalleryとしてまとめられている。 また本書は「寄生生物の生態と進化」というコンセプトを貫きながら、寄生虫独自の多様で複雑なバイオロジーや、精選された医学研究成果も数多く取り上げており、大変広い範囲をカバーしながらバランスのとれた希有な教科書である。人畜寄生虫は、医学的観点から生理や免疫応答について深く研究されているが、その中には新たな生態学研究の種となりそうな事象も豊富に含まれており、著者はそれらを丁寧に拾い上げている(第一著者の Loker は、免疫系を介した宿主-寄生者関係の専門家である)。面白い例を二、三挙げれば、人体寄生虫である回虫(Ascaris suum)が宿主の構成分子を擬態するペプチドを生産して免疫系の攻撃を逃れていること(P119)は、分子レベルでの擬態の存在を示しているし、社会性 昆虫がコロニーメンバー間の接触により軽度の菌類感染を経験し、それによって強い免疫を獲得する社会性免疫(P121)は、対寄生者戦略としてワクチン接種が自然界にも存在することを暗示し、生物が集団生活をいとなむことの一つの利点を示していると言えよう。本書は寄生生物の生態を知りたい人に役に立つだけではなく、新たな生態学研究のアイデアを探している人にとっても、たくさんのヒントが埋まっている面白い本として読むことができるだろう。さらに、著者 LokerとHofkinは同じ大学で長年共同研究をしている同僚であり、そのためか本書は章ごとに視点や用語、文体が変わることがなく、非常に読みやすい。
 残念ながら、日本では現在、一般生物学を勉強する大学生に勧められるまともな寄生虫学の教科書は存在しない。日本で出版されている寄生虫学の教科書は、ほとんどが臨床を担当する医師や獣医師向けであり、診断や治療に重点が置かれている。その一方で、寄生虫の分類や生活史情報については古い間違った情報がそのまま踏襲され、近年の研究の進展が反映されていない場合も少なくない(たとえば石井俊雄著・今井壯一編「改訂獣医寄生虫学・寄生虫病学 1 ・ 2 」(講談社サイエンティフィク、2007)における分類体系を見よ)。寄生虫の生態を研究する学部生および大学院生には、本書を必読書として推薦する。それ以外にも、本書は寄生に関する興味深い生態学的知見を概観するには絶好の良書なので(テキストの分量もお手頃である)、寄生現象にわずかでも関係のある研究をしている方にはぜひ一読を勧めたい。