今回新種記載となったカワムツ虫Philopinna kawamutsuは、ヒガイ虫と同属で、Didymozoidae(ディディモゾーン科)の一員である。Didymozoidaeは主に海産魚の寄生虫だが、通常の吸虫とは形態・生態ともにかけ離れた点が多く(マンボウに寄生するNematobibothrioides histoidiiは長さ12mに及ぶ)、セルカリアの形態も全くわかっていない。怪しげな響きの科名に恥じぬ謎の分類群であり、寄生虫屋にとっては野心をそそられる存在だ。
ところで、このムシが発見されたのは10年以上も前、B博での寄生虫ワークショップが始まったばかりの頃である。その時の参加者は師匠、現H島大学のN澤先生、博物館のGさん、S態研センターのH澤さん(当時M1?)、それに私だった。第一発見者は最年少のH澤さんである。彼女が私のところに「先生、これは何ですか?」とカワムツから取り出したムシを持ってきたが、私も初めて見るムシなので何かわからなかった。そこで、師匠のところに持っていくと、普段は超マイペースで剖検を進める師匠がそれを見るなり手を止めて、いきなり大声を上げたものだ。
「N澤さん!これはっ!アレですねっ!」
その声にすっ飛んできたN澤先生も顕微鏡を覗いて「うん!アレですよ!」と叫んだ。興奮しまくる二人の大先生を前に、何のムシやら解らぬ私とH澤さんが唖然としていたのは言うまでもない。生活史不明の謎のムシ、Philopinnaの新種であることがわかったのはそのあとだ。
それ以来、私もことあるごとにPhilopinnaの幼虫を探しているが、まだ見つかっていない(福岡時代に目をつけていたあるセルカリアはヒガイ虫の子ではなく、今回記載したもう一つの新種、ヤリタナゴ虫Genarchopsis yaritanagoの子らしいことがわかった)。Didymozoidaeのセルカリアが判明すればハンザキ虫のセルカリア並みの大トピックになるはずで、それを狙っている研究者は世界中にちらほらいるようだが、獲物は誰の手に落ちることになるのだろうか。楽しみである。