カビ噴霧器

国総研のM瀬さん(というより,もと動物行動学研究室のM瀬さん)が特別講義に来られた。M瀬さんとは土研にいたときにバッティングしているのだけれど,私はつくばへ行くことはほとんどなかったので,在職中にお会いすることはなかった。話題はGISを利用した猛禽類の生息環境評価の話。GISはさておき,猛禽の生態に関する最新情報を興味深く聞かせてもらった。オオタカは絶滅危惧2類指定だが,ドバトなどの都市鳥を餌にして関東近郊で増加しているという。それに対して,かつては普通種だったカエルやヘビを餌にするサシバが減少している。農業形態の変化が,生態系の上位種まではっきり影響をおよぼしているわけである。来年の講義ネタに使えそうだ。

さて,私は大学の培養室で魚や貝を飼育しているのだが,ここに置いた水槽の水が,3,4日もすると白濁し,水槽の壁がぬるぬるになるのでちょっと閉口していた。水が悪いのか空気が悪いのか,バクテリアかカビが大繁茂するのである。魚が酸欠に陥らないため,とにかく頻繁に水替えをしなければならない。
ところが,先日よりここでコモチカワツボの生残実験をはじめたN君が,「培養室に置いた貝の容器は,恒温器に入れたものに比べ,すぐに水がぬるぬるになる」という。どちらも飼育水は同じものを使っているので,違うとしたら空気のほうだ。培養室の「主」である院生T村さんに聞いてみたら,エアコンの吸込み口のフィルタは毎月掃除しているが,稼動以来一度も掃除していない吹出し口のほうが怪しいという。そこで,T村さんとエアコンの正面パネルをはずしてみたら,吹出し口の周辺には,黒いウレタンの生地が張ってあった。そこに埃がたまったうえにカビが生え,ちょうどハトの糞でも塗りたくったかのように真っ白け。どうやら,このエアコンがカビ噴霧器の役割を果たしていたようだ。4回生I井さんも来て吹出し口を掃除し,70%アルコールを噴霧して滅菌する(官舎のタタミのカビと戦った時の知識が役に立った)。これで水のぬるぬるがなくなったら万歳である。しかし,もしこのエアコンからカビが噴出されていたとしたら,高齢者などがこの培養室に入ったら肺炎を起こしていたかもしれないぞ。

靖国参拝違憲判決が出たようである。私自身はあまり靖国神社のことは知らないし,何か政治的なポリシーがあるわけでもないが,少しだけ,自分が太平洋戦争中の思想弾圧について,人から聞いた話を書いてみる。
時々書いているように私は教会に出入りしている人間なのであるが,学生時代に行っていた教会のおばあさんは,戦時中に,夫であった牧師が逮捕され,有罪判決を受けて服役したという経歴の持ち主で,時々そのときの話を直に聞いたものである。逮捕の根拠になったのはもちろん治安維持法で,何回か改正されるうちに,結社などはもちろん,結社などの支援をしても,また「危険思想」の本や資料を所持してもいけない,というようにどんどん解釈が広まっていったそうだ。つまり,なにも行動を起こさなくても,何か「危険思想」を知っているだけでも逮捕されるという,完全な思想弾圧である。社会主義者が激しい弾圧を受けたのはよく知られているが,国家神道と相容れない教義を持っている宗教団体も例外ではなく,さまざまな団体が弾圧を受けている。
そのおばあさんも,夫は逮捕,教会は取り壊し,という経験をしたわけである。「証拠だと言って,聖書や神学書が没収されてるのを見ていると,へんな気分でしたねえ」とよく言っていた。残された本や額などの物品は,信者の人たちが少しずつ家へ持ち帰って隠し持ったりしたそうだ。キリスト教関係の逮捕者は,社会主義者などに比べると獄中での扱いは緩やかだったそうだが,それでも数名の獄死者が出た。このおばあさんの夫の牧師も,服役中に健康を害し,出所後数年して亡くなっている。
ところで,治安維持法ができたとき,それに反対した教会関係者はだれもいなかったのである。だれも,まさかこの法律が自分に適用されるとは思っていなかったからだ。キリスト教会には,その結果,弾圧を受けて獄死者まで出すという最悪の事態になったという,苦い反省があるのである。「神道は宗教にあらず」というのは戦前使われた論法であるが,最近の靖国参拝の様子を見ていると,またこの論法が復活して,うやむやのうちに特定宗教だけが正当化されそうな気がしていた。今回の判決が今後どういう風に展開して行くか見守らなければならないが,どういう国家的歴史的な経緯があるにせよ,神社に参拝するというのはまぎれもない宗教行為である。参拝したければ休日に一人で静かに参拝すればよいのであって,政治家の方々には李下に冠を正すようなまねはしてほしくないものである。

宗教弾圧を語る (岩波新書 黄版 61)

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