寄生虫研究者と死亡率

さて,共著論文のチェックが終わって師匠に返送したあとで,次の仕事にとりかかる前に,昨日のspoulさんからのコメントに対応するべく,本を引っ張り出した。
spoulさんご指摘のサイトにあるとおり,「フィールドの寄生虫学」では,23人の著者のうち4人が関係者の訃報について触れている。ただし,故人の中で純粋に「寄生虫屋」と呼べそうな方は2人で,あとは関連分野の方である。
生態学をやっているものの端くれとしては,ここできちんと「寄生虫研究者の生命表」を作製して,瞬間死亡率を他分野の研究者と比較するのが王道というものだが,困ったことに母集団の定義が難しい。せめて,「著者の全員が寄生虫学会に所属している」という事実でもあれば,毎年の学会誌をめくって会員訃報の件数を勘定すれば,なんとか死亡率の推定は出来るかもしれない。だが,この23人は所属学会すらバラバラである。
もちろん,研究中に,あるいは研究が遠近の原因で亡くなった研究者の数は少なくないだろう。調査中の事故,移動中の交通事故,馴れない風土での感染症,危険な薬品や放射線の取扱等が原因で亡くなった現役研究者の話は時々聞くところである。しかし,「フィールドの寄生虫学」で言及された4人の故人は,いずれも研究活動以外の事故や病気で亡くなった方らしいので,特に寄生虫の研究が死亡率を上げているということではあるまい。なお,この中に人体寄生虫を取り扱っていた方は含まれていない。
対照区(?)として,同じ長澤さんの編で東海大学出版会から出た「カイアシ類学入門」を調べてみた。こちらの著者は21名,その中で関係者の死亡について書いている人はゼロであった。この比率の差はChi-square testでP=0.045. ただし,2名の著者が両方の本で執筆しているから,両者のデータは独立ではない。
結局,この差は,「関係者の物故が研究に影響を与えるかどうか」の差ではないかと思う。寄生虫の研究者は,おそらくコペの研究者に比べてその傾向が大きいのだ。まず,寄生虫は分類群が多岐にわたるので,どんな研究をするにせよ,分類が大仕事である。従って,同定をそのグループのスペシャリストに依頼するというのは日常だ。それから,寄生虫屋はムシのみならず,その宿主生物を同定する必要がある。魚の寄生虫を調べたければまず魚を捕って同定するのだが,寄生虫屋としてはとてもそこまで手が回らないことが多く,いきおい宿主の入手と同定は魚類研究のプロに依頼したり,あるいはその採集に同行して魚を分けてもらったりするようになる。他人から同定や採集を頼まれることも多いが,もちろんgive and takeであるから依頼は断らない。 寄生虫研究は,そういう研究者同士の協力,労力の提供のし合いで成り立っている部分がとても多いのである。そのことが,研究エピソードの中に関係者の物故を織り交ぜざるをえなくなる事情なのではないかと思う。
しかし,2つの本を,こんな風に読み比べるとは思いませんでしたよ,長澤さん。