河川環境の指標生物学

河川の生物モニタリングには、ざっと見ても、生物多様性国家戦略の基本資料となるような正確性を必要とする広域あるいは長期モニタリング、市民による環境監視などための簡易モニタリング、小中学生への環境教育などいくつかの目的がある。私個人としては、それぞれの目的に合致した生物指標が提唱されるべきだとかねてから考えている。環境教育用であれば、生物の同定に正確さは望めないが、環境の諸条件とのかかわりを理解しやすい生物を指標として、水質・底質・周辺環境などの多面な河川環境について気付くようにすべきである(現在の簡易法では水質との関連しか扱わないため、それ以外の環境条件がむしろ見えなくなってしまうという弊害がある)。広域モニタリングなら、一定の学習でだれでも正確に同定可能な種であることが絶対条件だし、市民モニタリングなら、どんな環境条件の指標を調べたいのかはその地域特性によって異なってくるだろう。本書の第一章「河川の指標生物」で、それぞれの分類群の専門家によって展開されている各論の中には、それぞれの生物がどのような水環境の指標となりうるかについて述べてあるものが多い。今後、これらの視点を掘り下げたり、あるいは拡大することによって、上記のようなそれぞれの目的にマッチングした指標体系が出来る可能性は高いだろう.「良好な渓流環境モニタリングのための指標生物」「里山環境モニタリングのための指標生物」「環境教育のための水辺の指標生物」「地球温暖化を知るための指標生物」等々。
ただ、第二章「生物指標をめぐって」では、モニタリングの目的設定がややあいまいであり、ハビタット評価のための指標も紹介されているものの、大部分のページはやはり旧来の水質指標の方法論に割かれている(ついでながら、生物指標による水質検査はもちろん有意義ではあるが、津田松苗の時代と異なりパックテストやハンディDOメーターの普及した今日では、その精度向上に労を費やすのはあまり意味がないことと思う).「はじめに」で編者は「河川水辺の国勢調査」と「簡易水質調査」の成果について触れた後、「日本で欠如しているのは、自治体などの非専門研究者や職員、あるいは大学や高校の学生・生徒が実施できるような、中間レベルのモニタリングであった。本書の目的の一つは、そのような中間レベルのモニタリングの導入である」と述べているが、専門家と非専門家、さらには小中学生によるモニタリングの違いは、レベルの高低ではなく、そもそもモニタリングの主目的が違うと考えるべきだろう。そういう観点から生物指標をもう一度見直してほしかったように思う。

河川環境の指標生物学 (環境Eco選書)

河川環境の指標生物学 (環境Eco選書)