TREEの最新号に,寄生虫による宿主操作の生態的意義という総説が掲載されている.日本の若手研究者の論文もいくつか引用されていて,とても今後が楽しみになった.
ただ,この総説そのものは,今どきこの問題を取り扱うにしてはかなり分析の甘さが目に付く.著者はmanipulative parasiteを「次の宿主への移動機会を増やしたり,適切な場所でpropaguleを放出するため,宿主に表現型の変化を引き起こす」と定義している.つまり,感染個体が非感染個体と形態・行動・分布などが異なることが見出されたというだけではだめで,その違いが確かに寄生虫の感染によって引き起こされたものであること,さらに,それが次の宿主への感染機会を増していることを証明しなければ,この定義には当てはまらないのである.私の知る範囲では,そこをきちんと示した研究例はあまり多くない.有名なところでは,昔は宿主操作の例として必ず引き合いに出された二枚貝Macoma balticaの行動変化(感染個体は干潟の表面を這い回り,捕食を受けやすくなると言われた)は,今は単に「干潟の表面をよく這い回る個体が感染を受けやすかった」ことがわかっている.また,寄生生物によって引き起こされた宿主の変化は,宿主側の免疫反応や栄養不良によることもあれば(風邪を引けば寝込むものだ),寄生者による短命化などへの補償進化である場合もある(繁殖齢の前倒しなど).これらを真のmanipulationときちんと分けることはかなり面倒である.この総説に引用されている論文の中にも,実はそこが未証明である論文が含まれている.
もちろん.「生態的な影響(群集構造やエナジーフローなど)が知りたいのだから,そこまでmanipulationをきちんと実証しなくても,寄生虫感染によって起こる表現型変化をすべて(風邪で寝込むような例も含めて)対象にしてよいのだ」という考えもあろう.しかし,それならば,単に「ある生物が他の生物を介して群集やエナジーフローに与える影響が知りたい」ということに過ぎなくなり,ごく一般的な間接効果の問題に落ち着いてしまう.寄生生物による間接効果は存在するに決まっており(風邪のシマウマはライオンに捕まる機会が増えるに決まっている),「こんな間接効果がありました」と列挙するだけでは,面白くも何ともない.
寄生虫が宿主を操作して.その結果群集や生態系に影響が出るというのは,話としては面白いけれど,このように一ヶ所詰めが甘ければ,たちまちつまらない話に転落する危険性がある.もし,これからそういう研究に取り組みたい人がいれば,よくよく計画を慎重にしてほしい.ちなみに,私は,修士の時に感染カワニナの分布変化という現象を見つけ,これが寄生虫の宿主操作によるという仮説を検証したことがあるが,ネガティブな結果になったので,そこでこの研究はやめてしまった.
しかし,この総説が"manipulative parasite"に対して”regular parasite"という言葉を使っているのは面白い.そう,寄生虫の中で,宿主操作をする種は少数派なのですよ.